
青葉白金学院は独自のトリシステム(3システム)で教育支援をしていく、新しい形態の学習塾です。
- 難関大学を目指しているが、学校の授業では少しものたりない。
- 東大・早稲田・慶応を目指しているが、正直まだ学力に自信がない。
- 受験前なのに何から手をつけていいのかわからない。
- 学校の宿題や予習復習を塾でやりたい。親身になって面倒みてくれる塾はないか?
- 家で勉強しようと思っても、わからなくなるとやる気がしなくなる。
- 家では気が散って勉強にならない。
そんな小学生・中学生・高校生、保護者の皆様の声にお答えするのが、青葉白金学院のトリシステムなのです。
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トリシステムへの経緯
2002年、横浜市青葉区にて、個人塾を始めました。10年ほど塾・予備校の教師をし、大手予備校や、学習塾でのマス教育に疑問を感じることも多く、最終的に自ら学習塾を立ち上げることにいたしました。 学習塾の運営方針は、
1.面倒見のよい学習塾にすること。長時間学習させる体制を整えること。
2.御父母との連携を大切にすること。
3.学習習慣について自立させること。
この3点を心がけるようにいたしました。実際に青葉塾での地道な作業は、青葉白金学院で実践されるならば、お子様、ご家族、そして教師という3者にとって利益のある作業になると確信しています。
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いやがる子供に勉強させた方がいいのか?
机に座り、黙って勉強すること。これはおそらく歴史的に見て人類が初めて体験する試練であるように思われます。机の前にすわり、もくもくと作業するのは大人である私にもつらい作業でございます。子供であればなおさらそうです。私はいやがる子供に勉強させることは好きではありません。しかし、仮にそうすることがその子供にとって、将来多く実りある作業であると確信する場合、しかりつけてでもそうさせるべきであると考えます。勉強というのは、目先の変化の少ない淡々とした作業です。私はこれが現代人にとって避けられぬ作業であると確信いたします。
社会にでれば、コミュニケーション能力、自己主張、実践力など、決して勉強ができただけでは培われない能力が必要となります。しかし、そうした、コミュニケーション、自己主張などは、地道なデスク作業 にささえられて鍛えられることも多いように思われます。仕事への探求心、効率よい作業の手順などこれ らは実に学生時代になんらかの地道な作業を経験しているかどうかで能力差が生じます。 10代の大事な時期、おそらく彼らにとっても大事な10代であります。「若いときにしかできないから」といって、スポーツ、習い事、旅行さまざまな体験を子供はしたがります。学習が大事であるとはわかっていても楽しさのレベルでいえば勉強というのは後回しになりがちです。 |
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勉強したからわかることもある
「勉強がつまらない。役に立たない」おおくの子供がこうしたいいわけをします。 大人になってみていえることは、実際に多くの大人がこの言葉を口にし、どこからかそうした言い訳を子供がおぼえてきて使ったりしています。 「勉強しても役にたたない」のでしょうか?私はそうは考えません。特に学生時代に勉強したことは、社会にでて初めて役立つということがわかります。また、大人になって、学生時代に学んだことをいかさない手はありません。勉強したことを社会で生かそうとすること。仕事、家事での工夫、抱える家族の問題解決は常にどこにでもあり、いつも途切れることなく生じてきます。多くは大人になってからの工夫がものをいうということばかりかもしれません。しかし、人類の経験の集約が学校で学ぶ学習の中にはあります。昔ならった国語の一節が、英文で紹介されたトピックが、大人になって悩みを解決するきっかけになったりするのも事実ではないかと思います。日本史、世界史、国語、数学・・これらはやはり必要であるから教育として学ぶことが強制されており、それを十分に学習し、大人のレベルでとはいかなくとも、子供なりに理解すること。これが大切ではないかと考えます。子供の時に学んで、当時はまったく理解できなかったことでも、頭の片隅に残っていれば、大人になってからも十分に役立つものです。 |
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青葉白金学院の教師の役割
教師の役割は一つ。子供が学ぶに際してできるだけ援助すること。教えるという言葉にはなにか高飛車なものいいがあります。「何か物を知っている人」=「教師」:「物を知らない人」=「生徒」という対立関係は青葉白金学院にはありません。教師とは、「知らない人が知るようになることを助ける人」であるべきだと私は考えています。教師が学ぶということは大切なことです。しかし、自分が学んだことは生徒が理解して初めて教師としての資格もらえるということを忘れてはなりません。 生徒の理解不足、学力不足、それは教師のせいであると考えます。生徒の目線までおりて生徒それぞれの歩みを推測し、ゆっくりと坂道を登らせる。これが求められる教師像であると考えます。理解に時間のかかる子供がいれば、学ぶ途中、できるだけつきあってあげること。できる子供ばかりなら教師としてもつまらないと考えるくらいでなくてはいけないと考えます。教科書の1ページを30分で理解する子供もいれば、5時間かかる子供もいます。5時間かかるなら、それは5時間つきあってあげるというのが教師の理想であり、この理想は限りなく実現できるシステム作りをしています。時間単位で時給ばかりを気にする教師は当院の教師には一人もいれないつもりでいます。
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